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横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)1280号 判決

原告

川島宏

被告

有限会社鈴栄運輸

ほか一名

主文

一  被告両名は各自原告に対し、金二三万五九七〇円及びこの内金一八万五九七〇円に対する昭和五三年四月三〇日から、内金五万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告らの連帯負担とし、その二を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告両名は、各自原告に対し、金五五三万五〇〇〇円及び内金五〇三万五〇〇〇円に対する昭和五三年四月三〇日から、内金五〇万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告両名の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、次の交通事故(以下、本件事故という。)により傷害を受けた。

日時 昭和五三年四月二九日午後零時四〇分ころ

場所 神奈川県藤沢市円行二五一番地先路上

加害車 大型貨物自動車(登録番号相模一一か四〇八二番)

右運転者 被告町田利夫(以下、被告町田という。)

被害車 普通乗用自動車(登録番号横浜五八さ八四二七番)

右運転者 川島順治

態様 神奈川県藤沢市円行二五一番地先交差点を左折して走行中の被害車に、後から走行してきた加害車が追突し、被害車に同乗していた原告が頸椎捻挫の傷害を蒙つた。

2  責任原因

(一) 被告有限会社鈴栄運輸(以下、被告会社という。)は、貨物運送を業とする運送会社であつて、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものである。

(二) 被告町田は、前方不注視のうえ、制限速度を超過する速度でふらふらと加害車を運転走行した過失により本件事故を惹起した。

3  損害 金五五六万八〇〇円

(一) 治療費 計金六万八〇〇円

(1) 神奈川高座病院 金二万五八〇〇円

(2) 安西産婦人科病院 金三万五〇〇〇円

昭和五三年六月一九日から同月二二日までの期間に、実日数三日通院。

原告は本件事故当時妊娠していた。本件事故による夫の看病疲れや心労から変調をきたし、同病院で治療を受けたが、本件事故後神奈川高座病院でレントゲン検査のために放射線の照射を受け、胎児に奇形のおそれがあるとの医師のすすめで昭和五三年六月二二日、人工流産の止むなきに至つた。

(二) 慰藉料 金五〇〇万円

右傷害ならびに人工流産の止むなきに至つたことによる精神的苦痛は、金五〇〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用 金五〇万円

4  一部弁済

原告は金二万五八〇〇円を損害賠償の一部として受領した。

5  よつて、原告は不法行為による損害賠償請求権に基づき被告両名に対し、各自金五五三万五〇〇〇円及び内金五〇三万五〇〇〇円に対する不法行為の日の翌日である昭和五三年四月三〇日から、内金五〇万円に対する不法行為後である本判決確定の日の翌日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告らの認否

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2の(一)の事実は認めるが、2の(二)の事実は否認する。

(三)(1) 同3の(一)の(1)の事実は認める。

(2) 同3の(一)の(2)は、原告宏子が放射線を浴びたことに不安を感じ胎児の奇形をおそれて人工流産をしたことを認めるが、それと本件事故との因果関係を否認する。

(3) 同3の(二)、(三)を争う。

(四) 同4の事実を認める。

三  被告会社の抗弁ならびに被告町田の主張

1  本件事故当時、加害車は中央線のある幅員一三メートルの道路を走行していたが、被害車は右道路にその進行方向左側から交わる幅員七・五メートルの道路(その交差点の手前に一時停止の標識及び標示がある。)から、本件交差点に進入するのであるから、一時停止し、優先道路を進行している加害車の進行を妨げてはならないのに、一時停止を怠り、加害車の進行を知りながらその進路直前に左折進入した。しかも被害車は、加害車の進路直前に進入しながら右交差点の一五メートル先で右折するために、左折進入後加速しないまま中央線寄りに進行した。本件事故は川島順治の右過失によつて生じたものである。

2  被告町田は、加害車を運転して上り坂を加速しながら本件交差点にさしかかつたところ、左側から被害車が進入してくるのを発見し、右側の中央線一杯まで加害車を寄せ、被害車が併進可能な位置に回避したが、被害車はそのまま中央線寄りに進行し、加害車の直前に割込みをしたので、急制動をかけたが降雨のため制動がきかず、被害車の右後部に接触したもので、被告町田に過失はない。

3  加害車には、構造上の欠陥及び機能に障害はなかつた。

四  被告会社の抗弁ならびに被告町田の主張に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、被害車の進行道路に一時停止の標識があること、被害車が交差点で左折したことは認めるが、その余の事実は争う。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  被告会社が加害車の運行供用者であることは、原告と被告会社との間で争いがない。

三  そこで先ず本件事故の状況について判断する。

1  成立に争いのない乙第一、第二号証、原告川島順治、被告町田利夫各本人尋問の結果の一部を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、県道五号線方面(東)と菖蒲沢方面(西)とを結ぶ幅員約一三・一メートルの中央線の標示がある市道(以下、市道という。)に、湘南台駅方面(南)から幅員七・五メートルの道路(以下、交差道路という。)が丁字型に交わる交差点(以下、本件交差点という。)であること、交差道路には一時停止の標識と標示があること(このことは当事者間に争いがない。)県道五号線方面(東)から菖蒲沢方面(西)に向かつて市道の左片側部分は、本件交差点より手前(東側)では車両通行帯が二本あるが、本件交差点より先(西側)ではこれが一本になつていること、加害車の進行方向から本件交差点の見とおしはよいが、交差道路の見とおしは悪かつたこと、被害車の進入方向からは、右側(東側)の見とおしはよいが、左側(西側)の見とおしは悪かつたこと、市道における高中速車の最高速度は、時速五〇キロメートルに規制されていたこと、事故当時小雨が降つていたこと、

(二)  被告町田は、加害車を運転して市道を県道五号線方面(東)から菖蒲沢方面(西)へ時速五五キロメートルの速さで走行していたこと、被告町田が被害車を発見したのは被害車に約四七・一メートル接近してからであり、その時被害車は一時停止線から六・七メートル進行した地点(前記のとおり、市道の交差点東の片側は二車線、西側は一車線のため、市道が交差点部分でくびれた形になり、右停止線から六・七メートル北に進行した地点では、市道東側との関係では車道の延長線上にあるが、市道西側の関係では歩道の延長線上にある。)にあつたが被害車が停止してくれるものと考え、そのままの速度で進行したこと、ところが被害車が左折をはじめて斜に約八・二メートル進行したときハンドルを右に切つて追越そうとしたが、その時の加害車と被害車の距離は約二一メートルであつたこと、被害車は更に中央線寄りに進行したため、加害車と被害車の距離が数メートルに接近して危険を感じ、更にハンドルを右に切つたがさけ切れず、加害車の左前部を被害車の右側後部に衝突させ、そのまま対向車線を斜に横断して電話線支柱等に衝突して停止したが、衝突地点と停止地点との距離は約二〇メートルであつたこと、

(三)  川島順治は、交差道路の一時停止線で停止したが、市道東側の見とおしが悪いので約六・七メートル進行した地点で再び停止し、市道東側を見たところ加害車を発見したが、その距離から十分左折できるものと考え、左に斜に進行し、更に右折するため中央線寄りに時速二〇ないし三〇キロメートルで進行中右後部に接触され、被害車が進路を左にかえて進行して停止したこと、

右認定に反する原告川島順治、被告町田利夫各本人尋問の結果の一部ならびに証人福山雅文の証言部分はにわかに採用できず、他に右認定を妨げる証拠はない。

2  右事実によれば、被告町田は約四七・一メートル前方で交差点に進入を始めた被害車に気づいたのであるから、たとえ自車が優先的に走行し得る場合であつても先入した被害車の動静に一層の注意を傾け、事故発生を未然に防止し得る速度に減速して進行する注意義務があるのにこれを怠り、被害車が一時停止するものと考え、漫然制限速度を超過する速さで進行させ、被害車が停止しないで更に進行し、左折を終つて市道中央線と平行となつて交差点西側の市道に進入したのに、その右側を追越そうとした(これが本件事故発生の一つの大きな原因と認められる。)ことは、明らかに安全運転義務に違反するものである。

一方、川島順治も自動車運転者として一時停止標識の設けられた道路に交差する市道を通行する車両の進行を妨げてはならず、また後方から進行してくる車両に影響を及ぼすような方法で進路を変更してはならない義務を負うのにこれを怠り、漫然被害車を加害車の進路前方に進入させ、しかも更に市道中央部分に進路を変更した過失を認定することができる。

(なお前認定のとおり、加害車の速度は時速五五キロメートルであるが、制限速度を超えること僅かに五キロメートルであつたから、加害車の速度によつて川島順治が判断を誤つたものとは認め難い。)

右事実によると、川島順治と被告町田の過失割合は、三五対六五と認めるのが相当である。

従つて、被告町田は民法七〇九条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

四  前認定のとおり、被告町田にも過失があつたから、被告会社の免責の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

従つて被告会社は加害車の運行供用者として、本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

五  損害

1  治療費

(一)  神奈川高座病院分金二万五八〇〇円については当事者間に争いがない。

(二)  安西産婦人科病院分については、治療に要した額を確認するに足りる証拠はない。

2  慰藉料

(一)  原告が本件事故により頸椎捻挫の傷害を負つたこと、放射線を浴びたことから胎児の奇形をおそれて人工妊娠中絶を行なつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第八号証及び原告川島宏子本人尋問の結果によれば、原告は昭和五三年四月二〇日ころ妊娠したが、同人はそれに気づかなかつたこと、同月二九日に本件事故による負傷検査のためにレントゲン写真の撮影を受けたこと、同年六月二二日に人工妊娠中絶を行なつたことを認めることができる。

ところで頸椎捻挫の検査のため放射線照射によるレントゲン写真の撮影が一般的に行なわれること、妊娠初期は胎芽の分化、成長過程の中で特に不安定かつ重要な時期であること、胎児が放射線を浴びるとその影響は脳神経系に出やすいことは広く知られているところであり、原告の妊娠した時期と本件事故によるレントゲン写真撮影の時期とを考えあわせると、同人が胎児の奇形をおそれて人工妊娠中絶を行なつたのもやむを得ないところであつて、右人工妊娠中絶と本件事故との間に因果関係を肯定することができる。

(二)  成立に争いのない甲第八号証及び原告川島順治本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当時妊娠二か月だつたこと、本件事故後に一子をもうけていることを認めることができ、右事実ならびにその他の諸般の事情を考慮して、原告の慰藉料は金三〇万円を相当と認める。

六  過失相殺

原告の損害は金三二万五八〇〇円となるところ、これに前記三の川島順治の過失割合三五パーセントの過失相殺(加害車の運転者川島順治と原告は夫婦である。)をすると金二一万一七七〇円となる。

七  填補

以上のとおり、本件事故による原告の損害は金二一万一七七〇円と認められるところ、原告が金二万五八〇〇円を損害賠償として受領したことは当事者間に争いがないので、その残額は金一八万五九七〇円となつた。

八  弁護士費用

本件請求額、認容額、訴訟の内容、審理の経過等に鑑み、相当因果関係を有する弁護士費用は金五万円と認めるのを相当とする。

九  以上のとおり、原告の被告両名に対する請求は、各自金二三万五九七〇円と内金一八万五九七〇円に対する本件事故の日の翌日である昭和五三年四月三〇日から、内金五万円に対する本判決確定の日の翌日から、それぞれ支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原敏彦)

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